「若黒竹の竹筆」の2020制作と心の変化


今年の制作最盛期は例年になく多くの竹の生育で伐採に追われる日々となった。
伐採の切置き材料が庵の中に積み重なった。

しかし、結局、伐採竹の半分近くの材料を、雨が降り続いてカビにやられる。
そして後半は灼熱の日焼けで時が流れ過ぎて、そのまま焼け付いて廃棄する事となった。

無駄が多いのが人生とか言うが?
無駄の中に人生を沈めると、まあ、それでも竹筆作りが楽しいから納得する。





今年の若黒竹の竹筆の制作は灼熱と熱波の中の作業となる。
急ぐ気持ちと、多くの材料への欲が捨てられないままに、自然と流れ作業の様に制作に没頭していた。





その結果、始めに行うべき油抜きを後回にして、やや後悔の門を開ける事となった。
「後悔先に立たず」言うが、それでも暑さに負けず懸命に前に進むことだけを続けた。
しかし、気が付くと、いつの間にか筆部分の柔らかい物ばかり作っていた。
無理が好きな竹禅なので、無理に無理を重ねた結果はいつの間にか自分の道からそれていた。





そして材料の多さに窓の下には作りかけの筆が、これもダメ、これも悪い、などと
「ポイポイ、ポイポイ」と、窓からの捨て方も慣れて気が付けば山となっていた(竹筆の残骸にただ苦笑のみ)

捨てられるような材料でも大切に活かしてやる。
これは二代目の父に教えられた良い考え方だったはず。
それなのに材料が多く取れると、こんなにも欲で気持ちが乱れる物なのか?

だが、懸命に作業する私に選択肢は無く、後日の終始反省の材料となった。





本来、初代の祖父と作ったのは竹の繊維を活かした筆の硬い竹筆だった。
二代目が目指した見せるため、飾るための柔らかな竹筆では無かった。

私は初代の祖父と作った基礎の竹筆の良さを伝承してきたはずだった。

それが、皆さんが欲しがり、求められるのは柔らかい筆先?
「柔らかい、細かく分けられて、どうやってこんなに、素晴らしい」などの声に感覚がマヒしたのか?

振り返っても、ほぼ全部が柔らかい筆先に(笑しかない….笑)
風の声に流され、本来の竹筆の繊維作りを、いつの間にか忘れてしまった竹禅は猛反省を経験とする。





今年の反省として、「初心を忘るべからず」自分の原点に返らねばならないことに気付かされた。

本来の繊維を硬めに、筆の腰のある硬い、竹禅らしい竹筆を来年は制作する。
そして、今年作る予定だった特殊竹筆で良い作品を残さなければと真摯に向かう気持ちを沸かせている。





この予定、今年よりもう少し涼しくて、竹が多く生えない、材料が少ない、と言う設定の元に
年明けに計画を練ることになるだろう。

多分、計画通りに動ける………はず?




求める竹筆の要素は、それぞれ各人異なるのだから迷うことなく
来期は「我が道を行く」、竹禅の竹禅らしい納得のいく作品作りに専念したいと考えている。



                       


良い材料に有った時には心が躍ります。
のんびり作っている時はとても楽しい。
ほぼ制作工程が終わる日は時が充実している。
天日乾燥で出し入れも、皆さんに喜んで貰えると想像で苦にもならず。
竹筆に没頭させてくれている家族に心から感謝する
そして、私の竹筆を手にして、すり減るまで使ってくださる方々を思う時、幸せに包まれる。

いつも、お買い上げ、読んでいただいて本当にありがとうございます。


竹筆の郷  三代目  竹禅













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